高年収な人ほど「老後貧乏」に陥りやすい理由

 

 「老後破産」「老後貧乏」――。

 近年、よくメディアで目にするこれらの言葉を見て、現役世代の人はどう思うでしょうか?  もし、「自分は大丈夫」「なんとかなるだろう」と思っているとしたら、とても危険です。


■ 老後の家計は基本的に「赤字」

 日本の生活保護受給世帯は160万強。そのうち約半数を高齢者世帯が占めています。今後も高齢者人口の増加と比例して、生活が立ち行かなくなる世帯が増え続ける可能性が高そうです。なぜなら老後の家計は基本的に「赤字」になるからです。2014年度の総務省の家計調査によると、年金暮らしの高齢夫婦無職世帯の収支は平均で月6万1560円の不足で、年間約74万円の赤字。この分は貯蓄で補填していることになります。

 現在、貧困に苦しむ高齢者の方だって好き好んで苦しんでいるわけではありません。きっと「なんとかなる」と思っていたはずです。しかし、現実はそうではなかった。これから人口が減っていき、ますます厳しい状況が予想される現役世代は、どうすればおカネに困らない老後を迎えることができるのでしょうか? 

『「なんとかなる」ではどうにもならない定年後のお金の教科書』の著者であり、ファイナンシャルプランナー・公的保険アドバイザーとして多くの人におカネにまつわるアドバイスをしてきた山中伸枝氏が、老後貧乏に陥らないためにどうすべきかを紹介します。 実は「老後貧乏」に陥る危険性が高いのは、いま年収がそこそこある人です。マイホームもあって、特に節約なんてしなくても普段の生活でおカネに困ることなんてない。このような人は、老後の生活というものがどういうものか、そして退職後は誰でも収入がガクンと減ることをイメージできないのです。

 退職後はみんな年金生活に入り、収入がガクンと減ります。国が発表している標準的な夫婦の年金額は月22万円(平成28年度新規裁定者)、年収にすると260万円程度です。いま年収500万円であれば約半分、800万円であればおよそ3分の1に収入が減ります。いま年収が多い人ほど、このギャップに苦しむことになります。

 

人は一度上げた生活水準を下げることはなかなかできないものです。ですから、年金収入で足りない部分は貯蓄で補うしかありません。

 私はファイナンシャルプランナーとして多くの人の老後の資産形成の相談を受けますが、「老後が不安」という人はたくさんいます。しかし、「不安だ」と言いながらも漠然と「なんとかなる」と考えていて、具体的な貯蓄の計画を実行している人はほとんどいません。

 現役世代である今のうちから老後の生活をイメージし、計画的に老後の資金を貯めておかなければ、安心した老後生活を手に入れることはできません。

 老後の資金計画を立てるうえでまず考えなければいけないことは、次の2点です。

 ・老後の毎月の生活費を見積もる

 ・老後の定期的な収入を見積もる

■ 老後の生活にはいくらかかるの? 

 生命保険文化センターが発表した2013年度の「生活保障に関する調査」の速報値では、いわゆる年金生活者の家計を見ると、食費などの生活費の合計が25万円程度。旅行やレジャーなど、ゆとりある生活を送るには35.4万円が必要であると発表しています。

 よく「老後には1億円が必要」といわれることがあります。実際にゆとりある生活を送るために必要な1カ月の生活費を35.4万円とすると、65歳から25年間に必要な老後資金は1億0620万円となります。仮に老後を20年間と仮定しても8496万円となりますから、なるほど老後に1億円というのはウソではないことが実感できます。

 しかし、これはあくまでも「よそんち」の話だということです。実際には、60歳のときに住宅ローンがいくら残っているか、まだ教育費がかかる年齢の子どもがいるかなど、さまざまな要素によって毎月いくら必要になるかは異なります。

 大切なことは、ご自身の家計がどうかということです。特にいま家計簿や家計の収支がわかるような記録をつけていないというドンブリ家計の方は要注意です。まず、現在のおカネの出入りを確認するため、1カ月でも家計簿を続けてみましょう。いま毎月いくらかかっているかがわかるようになれば、老後の月の生活費も予測しやすくなります。

 

 

実際にご自身の毎月の老後の生活費をシミュレーションする際には、下記のようにカテゴリ分けしてみると、何におカネがかかっているかわかりやすいでしょう。

・食料費
・住居費
・光熱・水道費
・家具・家事用品
・被服および履物
・保健医療
・交通・通信
・教育
・教養娯楽
・交際費
・その他
・税金・社会保険料
■ 年金はもっともリターン率が大きい投資

 老後の収入源といえば、年金です。しかし、少子高齢化が進むこれからの日本では、「国の年金はあてにならない」という人もいますが、果たして本当にそうでしょうか? 

 そもそも国の年金は支え合いの仕組みなので損得で語るべきことではないのですが、それでも損得が気になるのが人情というもの。ちょっと日本に住むすべての人が加入義務を負う国民年金で損得を検証してみましょう。

 現在の国民年金保険料は1万6260円です。日本に住む20歳以上のすべての人が負担すべき金額です(厚生年金加入者の場合、厚生年金保険料に国民年金保険料が含まれています)。

 国民年金の保険料を480カ月、まったく未納なく納付すると老齢基礎年金満額が受給できます。この額は、78万0100円です。これが年間の受取額です。これに対して支払う保険料の合計は、780万4800円です。相当大きな金額ですね。

 支払った保険料を受け取り年金額で割ると損益分岐点となる年数がわかります。780万4800円÷78万0100円=10.0048年。つまり、受給開始から10年経過すると元が取れるという計算です。老齢基礎年金満額78万0100円を65歳から受け取りはじめると75歳で支払った保険料を回収し、それ以降は利息の受け取りとなります。

 仮に、年金を90歳まで25年間受け取るとすると、受け取り総額は1950万2500円です。これは月々1万6260円を年利6%で35年にわたって積み立てた元利合計とほぼ同額となります。資産運用をしたことがある人であれば、これがどれほどすごいことか理解できると思います。厚生年金についてもほぼ同じくらいの損益分岐点となっています。

 

老後は誰でも年金と貯蓄の取り崩しという二段構えの生活になります。そんな生活のなかで貯蓄は目減りしていく一方ですが、年金は亡くなるまで毎月安定した収入となります。やはり公的保険は頼りになる制度だと思います。老後の暮らしを安心なものにするためにも、まず国の制度である年金に関する知識を頭に入れてフル活用しましょう。

 ところで、あなたは自分がいくら年金をもらえるのかご存知でしょうか? 

 もし、知らないということであればすぐに自宅に届いているねんきん定期便を確認してみましょう。脱老後貧乏は、老後の収入、つまり自分がいくら年金をもらえるのかを把握することから始まります。

■ 年金だけでは老後生活は乗りきれない

 収入が高い人が勘違いしがちなのが、収入が高ければ年金もたくさんもらえると勘違いしている点です。確かに会社員であれば収入が上がればもらえる年金額は増えていきますが、それには上限があります。

 一般的な会社員が、退職後もらえる公的年金は国民年金と厚生年金です。国民年金は加入した年数により算出されるので、20歳から40年間まったく未納がなかったとしてもおよそ80万円。これは誰でも一緒です。

 一方、厚生年金は負担する保険料によって年金額が増えていきます。厚生年金の年間の年金額の算出は下記の式で計算できます。

標準報酬月額(見込み)× 5.481 ÷ 1000 × 厚生年金加入月数
※ただし標準報酬月額の上限は62万円
 たとえば、標準報酬月額30万円で30年間厚生年金に加入した(30年間の平均月収が30万円)とすると、59万1948円が年間の厚生年金額になり、国民年金80万円と合わせて、約140万円となります。

 では、仮に上限いっぱいの62万円で38年間働いたとするといくらになるのでしょうか? 

 標準報酬月額62万円で38年間厚生年金に加入した(38年間の平均月収が62万円)とすると、154万9588円が年間の厚生年金額になり、国民年金80万円と合わせて、約235万円となります(賞与は含まず)。

 すでにお気づきだと思いますが、どんな人でも働き始めてすぐに月収62万円ということはないでしょうから、実質的には普通に大学を卒業して働き始めた人であれば、上記のような235万円という数字になることはなく、必ずそれ以下になるということです。

 年金収入は夫と妻の2人分を合わせて考えるものだとしても、現在の年収が500万円であれ1000万円であれ、老後の収入がガクッと落ち、その不足分は貯蓄で補うしかないことは誰でも同じ状況であることが理解できると思います。

 ですから、まず

 ・老後の毎月の生活費を見積もる

 ・老後の定期的な収入を見積もる

 この2点をしっかり押さえて、不足する老後資金を割り出し、貯蓄計画を立てる。老後貧乏を脱するためには、まず「なんとかなる」という甘い算段を捨てて、行動を起こさなければなりません。

 

 

 

東洋経済オンライン 6月28日(火)