「退職金」知っておいて損はない基本中の基本

 

 

「退職金」知っておいて損はない基本中の基本

 

 

 

 「とんだ計算違いでした」

 東京に本社を置く中堅の映像制作会社に30年勤めるAさんは打ち明けます。Aさんは来年秋に60歳の定年退職を迎えます。会社が用意している嘱託再雇用の道は選ばず、妻と2人で富士山の見える山梨県に移り住んで、スローライフを満喫する計画を立てていました。

 大学時代の1年先輩で東京の大手家電メーカーに勤めていたYさんが昨年の定年退職で得た約2500万円の退職金を元手に家を買ったことを聞いていたAさんは、「ウチの会社でも1000万円ぐらいは出るんだろう」とアテにしていました。

 ところが、そのもくろみは大きく崩れてしまうことになりました。来年の退職を前にして、会社の人事担当者から「退職金はありません」と告げられたからです。

 「えっ! そんなバカな。昨年、当社を定年退職したTさんは勤続20年だったのに、数百万円支給されたと聞いていますよ」(Aさん)

 「Tさんに支払ったのは退職功労金で、いわゆる退職金制度は当社にはないんです」(人事担当者)

■ 退職金は企業の義務じゃない!? 

 Aさんは会社に抗議したものの、受け入れられませんでした。その後、労働基準監督署に相談し、「就業規則を確認して下さい」というアドバイスに従って、目を皿のようにして就業規則を読み返したものの「退職金」の文字は見当たりません。「退職金は任意で決めるもの、退職金制度が無くても違法ではない」ということを初めて知りました。

 Tさんに支払われた退職功労金は、就業規則には「社員が退職した場合で、在職中に特に功労があったものと認められる場合には退職功労金を支給する場合がある」というあやふやな記載がされているのみでした。部長職まで上り詰めたTさんに比べ、Aさんは課長どまり。勤続年数の長さは関係なく、Tさんほどの功労金が支払われる可能性は限りなく低そうです。

 「退職金がもらえる」とAさんが思い込んでしまったことには理由があります。それは、日本ではまだまだ退職金(一時金、年金)制度を持っている企業が多いからです。「平成25年就労条件総合調査結果」(厚生労働省)によると約75%の企業で退職金制度があり、特に大企業になるほどその比率は高く、社員1000人以上では90%超える企業が退職金制度を有しています。30人以上99人以下の企業でも72%です。

 退職金制度がある企業ではいったいどのくらいの金額が支払われるのでしょうか? 2015年4月に日本経済団体連合会が発表した調査結果によると大学卒が勤続38年間で定年退職を迎えた場合は2357万円。中小企業の統計(東京都産業労働局)では同様の条件で1383万円となっています。

 よく「退職日の基本給に係数をかけて算出するんだよ」なんて話をする人がいますが、それは単純に“そういう設計をしている会社が多い”というだけで、特に決まりがあるわけではありません。つまり、制度の有無も自由であるのと同じで、退職金をいくらにするのかというのも企業の自由なのです。したがって、38年間勤めても“スズメの涙”なんてことも無い話ではないのです。

■ 退職金規程で計算方法をチェック

 あなたは、勤めている会社の退職金規程を見たことがありますか? そこには退職金の算出方法をはじめ重要な事由が記載されていますので見逃せません。例えば、こんな規程だった場合のチェックポイントを見てみましょう。

第1条(適用範囲)
この規程は、就業規則第〇〇条に定める社員に適用する。
第2条(退職金の算定方法)
退職金は退職日現在の基本給に、退職事由、勤続年数により定められたそれぞれの支給率を乗じて算出する。
第3条(退職金の額)
退職金は、勤続1年以上の社員が退職したときは、別表の支給率により計算し一時金として支給する。ただし、次の事由で退職したときは、別表の支給率を適用する。
(1)自己都合によるとき
(2)懲戒解雇するとき

 まずは第1条(適用範囲)を見てみましょう。ここでわかることは、「退職金制度が適用されるのは誰か?」ということがわかります。「〇〇条に定める社員」の定義で「正社員」となっていれば正社員以外の社員は支給対象外というわけです。

 次に第2条(退職金の算定方法)についてですが、ここでは具体的な計算式を確認できます。基礎となるのは「退職日現在の基本給」です。例えば、何らかの事情で退職日直前に基本給が下がってしまった場合は、下がった額が基礎となってしまうのです。また、毎年4月に昇給しているような会社であれば、3月末日ではなく、4月に入ってから退職したほうが退職金が多くなるということです。

 

勤続年数については、1年未満や1カ月未満の端数をどう処理するのかを確認します。例えば、「給与の締日が20日だから」という理由によって20日付で退職した場合、その月は「1カ月未満」であるため勤続年数から除外されてしまうかも知れません。なぜなら、「基本給」もそうですが、「勤続年数」も長い方が退職金は高くなるように設計されているからです。

 第3条(退職金の額)では支給率について定められています。勤続年数や退職事由により支給率が異なるのでチェックが必要です。一般的には、「自己都合退職」の場合は「定年退職」や「会社都合による解雇」よりも低い支給率が設定されていることが少なくありません。また、「懲戒解雇」の場合も低く設定されているか、もしくは「支給しない」というように規定されていることもあります。

 例えば、「会社の勧奨に応じて退職する」なんてケースでは、あらかじめ退職金の計算方法がどのように設定されているのかを確認のうえ、合意をしたほうが良いでしょう。また、退職金は、ある一定程度の勤続年数が無いと支給されないように設定されていることもあります。「退職日が1日早かったために退職金が支給されない」なんてこともありますので、上記の勤続年数の計算とあわせて確認しておきたいところです。

 ところで、「懲戒解雇されると退職金がもらえない。それならバレる前に退職してしまおう」なんていう考えを持つ人がいたとすればそれは大間違いです。多くの企業では退職金規程に「在籍期間中に懲戒解雇・諭旨解雇に相当事由があったときは不支給または減額して支給する。なお退職金受領後に発覚した場合は、本来不支給とすべき金額を返還させる」といったように規定されています。大事に至る前に正直に会社に相談しましょう。

■ その他の退職金制度

 退職金は任意の制度ですので、上記のような計算式ではなく、「ポイント制」を採用している企業もあります。この制度は、基本給は基礎とせずに、勤続年数や職務グレード、役職等に応じてポイントを加算し、それをもとに退職金額を決定する制度です。

 例えば、勤続年数20年で、そのうち課長を5年、部長を5年勤めたAさんがいるとします。ポイント単価は1ポイント1万円と設定します。勤続年数のポイントが20年300ポイントとし、役職ポイントを課長10ポイント、部長20ポイントとします。Aさんのポイント合計は300ポイント+50ポイント(課長)+100ポイント(部長)=450ポイントとなります。1ポイント1万円設定ですので退職金額は450万円になります。

 その他、中小企業では中退共(中小企業退職金共済制度)に加入しているケースもあり、退職金規程で「退職金額は掛金月額と掛金納付月数に応じて中小企業退職金共済法に定められた額とする」と規定している場合があります。このような場合では、退職金規程を見ても実際に支払われる額がわかりません。

 そこで毎年会社から配布されるか「加入状況のお知らせ」を見て退職金額を確認しましょう。ちなみに、掛金そのものは事業主が従業員ごとに任意で決められるのですが、減額する場合には原則として従業員の同意が必要です。いつの間にか減額がされていたなんてことにならないよう「加入状況のお知らせ」は必ず確認してください。

 これ以外にも退職金制度やそれに替わる福利厚生制度として年金基金や401Kに加入している企業もあります。ご自身の会社がどのような制度になっているのか確認しておくといいでしょう。

 企業の退職金制度には、「採用を有利にしたい」「定年まで勤めてほしい」「定年前に退職してほしい」などいろいろな思惑があります。例えば、3年以内の離職率が異常に高いような企業では、退職金の支給基準を「勤続3年以上」とすることにより離職に歯止めをかける役割を担います。

 

また、コンサルタント会社のように「10年で一人前」と考えているような会社は「勤続10年以上から支給率が上がり始めて同20年で2倍」などという設計をすることもあります。また、「55歳で退職した場合は功労加算あり」など自発的な退職の誘因として設計することもあります。

■ 退職日の選択は慎重に

 退職日の決定は退職金のみに影響がでるわけではありません。退職日の選択によりさまざまな影響が考えられるのです。

 (1)賞与
多くの企業が導入している賞与でも支給要件を確認したことはおありでしょうか? 「見たことない」のに退職を考えているあなたは大失敗するかもしれません。

 給与規程において「賞与は支給日現在、在籍している社員に支給する」と賞与の支給について定めている企業は少なくありません。これがどういうことかというと、読んで字のとおり、会社が決めた賞与の支給日に、社員として在籍しているかどうかで賞与の出る、出ないが決まるのです。例えば、夏季賞与の支給日が7月21日の場合、7月21日付退職ならば賞与は支給されますが、7月20日付で退職をするとまったく支給されないということなのです。賞与に関しても退職金と同様、会社の“決め方”次第ですので、給与規程をよく確認しておくことです。

 (2)社会保険(健康保険・厚生年金)

 社会保険料の仕組みをご存知でしょうか。かいつまんで説明すると、月末まで在籍している場合は、その月の保険料が発生し、月中で退職している場合では保険料が発生しないのです。例えば、7月31日で退職したケースでは7月分の社会保険料が控除されるのですが、7月30日退職であれば控除されないわけです。

 退職後の状況によっては国民年金や国民健康保険料が発生することもあるので、一概に「月中退職が得」といったようなことは当てはまりません。ただし、こと”賞与”だけを考えれば当てはまりそうです。健康保険や厚生年金では”賞与”からも保険料を控除されるからです。

 つまり、賞与が支給された後、月末前(7月であれば7月30日まで)に退職すれば、通常の保険料のみならず、賞与からも保険料が徴収されることはないというわけです。国民年金や国民健康保険料にも影響はありませんので、ここだけに注目すれば”得”といっても差し支えないでしょう。ちなみに退職金には社会保険料はかかりません。

 (3)基本手当

 基本手当(失業した場合に雇用保険より支給される生活補償です)も退職日によっては支給されないこともあり得ます。基本手当は「離職日以前2年間に被保険者期間1年間」というルールがあります。簡単に説明すると、「退職日前の勤続2年間のうち、ちゃんと勤務していた月(11日以上)が12カ月以上あれば支給します」という制度です。

 この2年間や12カ月というのは退職日からさかのぼって暦日、暦月で計算されるので、「1日遅く退職してれば受給できたかも」なんてことも起こります。例えば、2015年8月1日に入社し、2016年7月30日で退職したとします。この場合、7月が1日足りないため11と2分の1カ月となってしまうのです(15日以上1カ月未満の月は2分の1カ月となります)。つまり、要件の12カ月に足りないため「基本手当がもらえない」ことになってしまうのです。

■ 「知っておく」ことの大事さ

 「会社のルールを知っておく」ことや「自分の生活に関係のある法律を知っておく」ことによって生活設計どころか人生設計まで大きく変わってきます。特に退職金は起業など次のステップへの軍資金であったり、セカンドライフの貴重な財源となったりなど人生を大きく左右する可能性があるものです。

 就職先や転職先を選ぶときには「退職金の有無」だけではなく「どういった設計になっているのか」など、可能であれば確認しておくことが大事です。また「退職金がない」「功労金のみ」といった会社であれば、それを見越した貯蓄計画を立てておく必要もあるでしょう。そして、退職を決意した場合にも、しっかりと「知った」うえで退職日を計画することでよい門出を迎えることができるでしょう。逆に「知らない」のは最も恐ろしいことです。

 

 

東洋経済オンライン  から転載